最近、街頭演説の声がふと耳に入ってきた、という話をSNSで見かけました。
その中で、多くの共感を集めていたのが次のX(旧Twitter)の投稿です。

…とかってワードばっかりで

この投稿が示しているのは、特定の人物や団体への評価ではなく、街頭演説で使われる言葉そのものへの違和感です。

街頭演説は「通りすがり」に届く情報発信

街頭演説は、関心を持って立ち止まる人だけに向けたものではありません。
通勤や買い物の途中など、通りすがりの人の耳にも自然と入ってくるのが特徴です。

強い言葉は印象に残りやすい

「引きずり下ろす」「おしおき」「思い知らせる」といった表現は、感情に強く訴えかけます。
短い時間でも耳に残りやすく、注意を引く力は確かにあります。

しかしその一方で、何を目指しているのか、何をしてくれるのかが伝わりにくくなるという側面もあります。

「何に反対か」より「何をするのか」

政治の話題に限らず、情報発信では二つの要素が重要です。

・現状のどこに問題があるのか

・それに対して、どう取り組むのか

批判だけでは判断材料が足りない

批判や対立構造は分かりやすい反面、それだけでは受け手は判断に迷います。
特に、通りすがりに聞く街頭演説では、「結局この人は何をしてくれるのか」という疑問が残りやすくなります。

今回のX投稿が共感を集めた理由も、この点にあるのではないでしょうか?

言葉は「向いている先」を映す

演説で使われる言葉は、その発信がどこを向いているかを映します。
対立相手に向けた言葉なのか、それとも生活者に向けた言葉なのか。
この違いは、聞き手に意外と正確に伝わります。

厳しい言葉が必要な場面もあるが

問題点を指摘するために、強い表現が必要な場面もあるでしょう。
ただし、その先に「だからどうするのか」という説明が伴わなければ、聞く側は置いていかれてしまいます。

情報を受け取る側として考えたいこと

私たちが政治や社会の話題に触れるとき、
強い言葉だけで判断してしまうと、本質を見失うことがあります。

「何を批判しているのか」だけでなく、
「どんな未来を描いているのか」
「自分たちの生活にどう関わるのか」

こうした点に目を向けることが大切です。

今回紹介した投稿は、街頭演説の言葉をきっかけに、
情報の受け取り方そのものを考え直すヒントを与えてくれたように感じました。

まとめ:言葉の勢いより中身を見る

街頭演説で耳に残る強い言葉。
その勢いに引きずられるのではなく、「何をしてくれるのか」に目を向ける。
それが、情報があふれる時代を冷静に生きるための一つの姿勢なのかもしれません。

皆様はどう思われましたでしょうか?

もしよろしければ、コメント欄にご意見ご感想よろしくお願いいたしますm(_ _)m

出典元:X

(X、旧Twitterの埋め込み機能を使って掲載しております。)

※最後までご覧いただきありがとうございます。ついでにほかの記事もご覧下さいませ!

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